ども、杉野です。

今回は何ヶ月かぶりのニャポレオン・ヒルでございます。

いつも思うんだけど、次の展開どうしようかなぁ・・・(苦笑)

ゴールの見えない物語は、まだしばらく続くことになりそうです。

 

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第32号 猫が教える成功哲学 ニャポレオン・ヒルの秘密(11)

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・・・2ヶ月と13日目・・・

ピンポーン!(チャイムの音)

ピンポーン!

ピンポーン!

「うぅ・・・なんだよ、朝っぱらから・・・」

鉄平がベッドから起き上がる。

ピンポーン!

「はいはい、分かったから、ちょっと待ってよ」

ピンポーン!

「しつこい!」

ガチャ(ドアを開く)

「うぃーっす!」

チャイムの主は寺田だった。

「こんな朝早くに何の用だよ」

「朝は朝だけど、早いったって、もう9時だぜ?」

「えぇ!?そんな時間になってたの?」

「昨日はぐっすり眠れたみたいだな」

寺田が皮肉交じりに言う。

「まぁね」

鉄平が不機嫌に答える。

「取り敢えず部屋に上がらせてもらってもいいか?」

「どうぞご自由に」

「顔洗って着替えてくるから適当なところに座って待ってて」

「あいよー」

準備を終え、寺田の座っている正面のソファーに鉄平が腰かける。

鉄平がふっと一息入れたところで寺田が話し始める。

「じゃあ早速詳しいことを話しましょうかね」

「はぁ・・・」

さすがに鉄平の表情は憂鬱だ。

「そんな顔すんなって」

鉄平は目をこすっている。

「まず俺たちが何をやってるのかっていう話からな」

「俺たちは健康食品やサプリメント、化粧品なんかをある会社から
販売許可をもらって売っている」

「ある会社って?」

「『パッピービジネス』って会社、どうせ知らないだろ?」

「聞いたことないなぁ、ってか名前が胡散過ぎるよ」

「まあまあ、細かいことは気にしない」

「俺たちはそこの商品を売るにあたって、ちょっと特殊な組織で
活動してるんだけど、ニャタリーはその組織の長で、俺はそこの
副部長か課長ぐらいの地位にいるんだ」

「この組織はデカくなるほど組織全体の収益が上がるシステムに
なっていて、最近急激に成長してるんだけど、簡単に言えば
もっと成長に勢いをつけるために篠原にも協力してもらおうと
思ったってワケ」

「じゃあ弟子入りっていうのは?」

「まあ、その組織の平社員になる、ってことだな」

「なんだぁ、それぐらいのことなら普通に話してくれれば
よかったのに」

「言ったらオッケーしたか?」

「いや、それとこれとは話は別だけど」

「だろうな」

「だからって、あんな強引なやり方はないだろ」

「普通はあんなやり方はしないんだけど、篠原みたいなタイプは
ちょっと事情が違うんだよ」

「僕みたいなタイプってなんだよ」

「うーん、まあ、それは追々話すから、今はもうちょっと
基本的な話をさせてくれよ」

「なんか気持ち悪いなぁ」

「物事には順序ってもんがあるんだよ」

「うーん・・・」

寺田の発言に納得いかないながらも、鉄平は続きを聞くことにした。

 

「今言った組織のことなんだけど、その組織では利益の分配率が
ちゃんと決まっていて、なんとなく予想がつくようにニャタリーが
一番多くて、役職が下がるごとに分配率も下がっていくシステムに
なっている」

「当然、平社員より課長や部長の方が報酬は多くなる」

「ただ普通の会社と違って、平社員が部長に昇進するみたいなことは
この組織では起こらない」

「え、なんで?」

「なんでって言われてもなぁ・・・そういうシステムだから仕方ない、
としか答えられないわ」

「あ、その代わりに自分の弟子というか部下というか、そういう人を
集めることによって、実質的に社長や部長クラスの地位になることは
できる」

「実際、ニャタリーはそうやって長になっただけだから、不公平とか
そういうのはないんだよ」

「ふーん」

鉄平は腑に落ちたような落ちないような変な気持ちだ。

「具体的な利益率については後で資料を渡すからそれを読んでおいて
ほしいんだけど、今から話したいのは、具体的に何を誰にどう売るか、
って話」

「要するに、俺がどうやって今みたいになったか、ってことよ」

「うん」

「で、いきなりでアレなんだけど、篠原には最初にハッピービジネスの
商品を自分で買って使ってみてほしいんだ」

「いやいや、どうやって売るかって話じゃないの?」

「もちろん売るには売るんだけど、自分で使ってみたものじゃないと
相手に対して説得力がないだろ」

「例えば、私も使っているのでお勧めです、って言われるのと、
私は使ってないけどお勧めです、って言われるのだったら、
どっちが買う気になるよ?」

「そりゃ前者だけど」

「だろ?」

「そういう単純なこと」

「なるほど」

「だから篠原にはパッピービジネスの商品を一通り全部使ってもらって、
その上でそれを広める活動をしてほしいんだよ」

「理屈は分かったんだけど、今はそんなお金ないよ」

「何言ってんだよ、今時どこにでもニャコムがあるじゃん」

「ニャコムって・・・もしかしてサラ金の?」

「それ以外に何があるよ」

「いやいや、借金するなんて嫌だよ、親からも借金だけは絶対にするな、
って言われて育てられたし」

「それは洗脳だな」

「思いやりって言ってくれよ」

「違うって、それは洗脳だよ」

「確かに一般には、借金=悪、みたいなイメージが染み着いているけど、
大企業だって大きな工場を作るときは借金してんだぜ?」

「それぐらいは知ってるよ、でも一個人の場合とでは事情が違うだろ」

「同じだって」

「大企業が借金をするのはそれ以上の利益があると見込んでいるから」

「だったら今のお前も借金以上の利益を見込んでるじゃん」

「どういうこと?」

「鈍いヤツだなぁ、ニャタリーに弟子入りしたんだから、そこから
ビジネスを始めさえすれば、利益が増えていくに決まってんだろ」

「俺でもここまで稼いでんだから、お前にだってできるって」

しばし考え込む鉄平。

「・・・寺田も最初はハッピービジネスの商品を買ったの?」

「あたりまえだのクラッカー」

「???」

一瞬空気が凍りつく。

「あ、ネタが古過ぎたか」

「気を取り直して・・・当たり前だろ、今も買って使ってるよ」

「今も?」

「だからお前にも使ってみてほしいんだよ、結構いい商品だからさ、
マジで」

「俺が使ってなかったら、お前にも勧めないって」

「そりゃそうだよな・・・」

鉄平は徐々に寺田の話に引き込まれていく。

「ハッピービジネスの商品って一通り買うといくらぐらいになるの?」

「うーん、20万ぐらいかなぁ」

「そんなにするの!?」

「1つ1つはそこまで高くないんだけど、いろんな商品があるからな」

「まあ最悪、美顔器を後回しにすれば12万ぐらいにはなるけど」

「美顔器って・・・」

「これが凄くてさぁ、お前も今度俺のを使わせてやるよ、びっくりする
ぐらい顔が変わるから」

「美容に興味なんてあったっけ?」

「元々はなかったけど、使い始めたらやめられなくなった」

「そんなもんなのかなぁ」

「そんなもんだって」

寺田の妙なテンションの高さにつられて、活動する方向へと
誘導されていく鉄平。

しかし、ここでゲンさんが黙ってはいなかった。

ゲンさんは2人に気付かれないよう、横の絨毯の上にささっと
ある新聞を置き、その方向の鉄平の肩を絶妙な加減でタッチした。

鉄平が横を振りむく。

そこで彼の目に飛び込んできたのは「マルチ商法で逮捕」という
記事の見出しだった。

 

「ちょっと質問してもいい?」

「なんだよ、あらたまって」

「経験したことないからはっきりとは分からないんだけどさ、
寺田が今やっていることって、マルチ商法の勧誘じゃない?」

「ちっちっ、それは古いな、篠原」

「お前の反応が古いよ」

「今はネットワークビジネスって言うんだぜ」

「いや、呼び方の問題じゃなくて、それをやっているのか
そうじゃないのかって話だよ」

「まあ、その通りだよ」

「やっぱり」

「でもお前、マルチ商法って何かちゃんと調べたことあるか?」

「ない・・・けど」

「お前がどう考えているかは知らないけど、マルチ商法っていう
システム自体は、別に犯罪じゃないんだぜ」

「え、そうなの?」

「たまにニュースで騒がれているのは違法な勧誘があったからで、
そのビジネス自体に違法性があるワケじゃないんだよ」

「違法な勧誘ねぇ・・・じゃあ寺田とニャタリーが僕にやったことは
違法な勧誘じゃないの?」

鉄平の鋭い指摘が寺田の胸に突き刺さる。

「ギクッ!」

「いちいち古いよな、お前」

「あれは、その、あれだ、ニャタリーがだな、その・・・」

寺田があわあわしているところで、どこからともなくニャタリーが
現れる。

「なに取り乱してるのよ」

「ニャ、ニャタリー!」

寺田は泣きそうな顔をしながらニャタリーの方を向いた。

「そんなんじゃ先が思いやられるわね」

呆れるニャタリー。

そこから彼女の反撃が始まる。

「あの勧誘が違法だとしてもそうでないとしても、鉄平がこの部屋に
一泊したことは事実だわね?」

「事実だけど、それは二人が僕をここに閉じ込めたからだろ」

「私は別に鉄平を閉じ込めた覚えはないわよ」

「だって、弟子にならないと部屋代を払ってもらう、って言ったじゃ
ないか」

「そうとは言ったけど、ここで一泊しなさいと言った覚えはないわ」

「契約書を書いた後はあなたが個人的にここを使ったワケだから、
それ以前の3人で使っていた時間を差し引くとしても、
60万円分ぐらいはあなたがこの部屋を使ったことになるわね」

「それ、払う気ある?」

「そ、そんなこと急に言われたって・・・」

「私が文字通り鍵を閉めてあなたを閉じ込めたなら私の犯罪だけど、
あなたはいつでも部屋から出る自由があったのに、そこから
出なかった」

「要するに、あなたは私から既に100万円を受け取ったことに
なってるのよ」

ニャタリーの勢いに押されて冷静さを失っていた鉄平は、
彼女が話をすり替えていることに気付くことができなかった。

それをいいことに、ニャタリーはさらにまくし立てる。

「あ、そうそう、昨日あなたに書いてもらった契約書だけど、
あれになんて書いてあったかちゃんと確認したかしら?」

鉄平は昨日のことを思い出そうとしたが、最後の方は精神的にも
肉体的にも疲弊し切っていたため、ほとんど覚えていなかった。

「あそこにはこう書いてあったのよ」

『私は○年○月○日から5年間、ニャタリーの弟子で
あり続けることを誓います。弟子である間はニャタリーの
言うことにすべて従い、どうしても従えないようなことが
あった場合には罰金として1千万円を支払います』

それを聞いて鉄平の心臓がバクバクと高鳴る。

「そんなの聞いてないよ」

「いや、でも自分でサインしたんだから仕方ないでしょ」

弱った鉄平に寺田が追い打ちをかける。

「だってサインしないと」

と鉄平が喋りかけたのを遮るようにニャタリーが口を挟んだ。

「私は契約書にサインしろと言った覚えはないわよ」

「私は、弟子になりなさい、と言っただけで、弟子になるためには
契約書にサインしないといけない、とは言ってないわ」

「そんなの・・・そんなの分かるワケないじゃないか!」

鉄平はもう何がどうなっているのか分からず、怒りをぶちまけるしか
なかった。

「なに怒ってるのよ」

「別に私はあなたを焼いて食おうって言っているワケじゃないし、
むしろ稼がせてあげるって言ってるのよ?」

「それの何が不満なの?」

「そうだよ、俺だって悪いようにはしないって言っただろ?」

「契約書の内容は若干大袈裟に書いてあるだけで、
お前をニャタリーの奴隷にしようってワケじゃないんだよ」

それから二人がどれだけ詭弁を弄しても、鉄平は頭を抱えて
下を向いたまま何も答えようとしなかった。

 

お昼の時間も過ぎようとしていた頃、鉄平がやっと口を開いた。

「・・・今日はもう・・・帰らせてくれないか」

さすがの二人も空気を読んだのか、その日はビジネスの説明を
中断して、鉄平を家に帰すことにした。

帰り際、寺田が鉄平に声をかける。

「ちょっとは悪かったと思ってるよ、俺も」

「ただ絶対悪いようにはしないから、それだけは分かってくれ」

「こう見えて俺も最初はニャタリーのこと疑ってたんだぜ」

「でも、ちゃんと言うことをきいてたら稼げるようになったし、
最初に思っていた悪いことは何も起こらなかったんだ」

「だからさ、初めは騙されたと思って付き合ってくれよ」

「この借りはいつか返すから」

鉄平は頷きもせず、ただただ寺田の話を聞いていた。

この様子をゲンさんは遠くから見ていた。

「相変わらずのやり方だな、ニャタリー」

「お前に悪気がないのは分かってんだが、それが逆に話をややこしく
してんだよ」

「お前がそうなっちまったのは俺にも責任がある」

「自分のケツは自分で拭くしかねーが、さて、どうしたものか・・・」

「これはちょっと長丁場になりそうだな」

こうして鉄平はあらぬ方向へと引きずり込まれていくのだった。

つづく。